八色スイカ畑
2008年5月28日 ケータイからちょっと一休み, 魚沼の風景 No Comments
あま~くておいしい八色スイカの畑です。大和地区を中心にあちらこちらで写真のようなビニールシートの風景が見られます。(八色原あたりが多い)
7月中旬頃には大きいスイカが食べられるでしょう。
ちなみに上越線八色駅付近ではこのような風景は見られません。

あま~くておいしい八色スイカの畑です。大和地区を中心にあちらこちらで写真のようなビニールシートの風景が見られます。(八色原あたりが多い)
7月中旬頃には大きいスイカが食べられるでしょう。
ちなみに上越線八色駅付近ではこのような風景は見られません。
緑のカーテンに続いて夏の熱さを少しでも凌ぐために花を植えることにした。5年前に竹細工に関心を持ったことがある。竹カゴや竹のオブジェ、竹垣、竹を編んだ生け垣などを自己流に制作していた。中でも孟宗竹で花のプランターを庭先に作ったら、我が家を通りかかった人達から多くの評価をいただいた。
孟宗竹の入手先は、友人の自家がある田上町まで軽トラックを運転して、片道2時間余りかけ竹林から伐り出してきた。竹細工用に伐る時期は木と同じように秋から冬の樹液の少ない季節に限られるのであるが、「思い立ったら吉日」で初夏に取りにいった。そのため成長期の竹は非常に重く、垂直に立つ竹を倒し、運ぶのに苦労したのを覚えている。
捍が3つぐらいあるように120センチに切り、一節ごとに2〜3箇所1/3ぐらいまで鋸で切れ目を入れ、ノミで切り落す。底は水の排水用としてドリルで3つの穴をあけた。竹のプランターを乗せる台は、山で間伐した杉を皮を剥いて立体的に組み合わせた。
ふだんは車を駐車していたのだが夏の照り返しを緩和し、昆虫などを招きくビオトープ(生物生息空間)を思い制作した。また、マリーゴールド、百日草やサルビアなど植えることによりコンクリートの地面を竹、杉、植物などの自然素材を使用することにより、心に潤いを与え美的景観を演出する。
そして、竹林は繁殖力が強いため、畑や住宅、庭までも侵入し厄介者とされ里山では植生形態に異変が起きている。笊、籠などの竹細工製品が生活の中から消えつつあり竹炭、竹作液、建築の床材など竹の活用を探っていきたいと考えている。

5年間使用しているため部分的に朽ちてきたいる
右下はヨモギの新芽を天日干ししている

畑の維持管理は大変。なので、田舎の中高年も近ごろは畑があってもなかなか出来ないでいます。後期高齢者ぐらいの方々はもちろん一生懸命されているようですが。
私の究極の夢は、山の麓に住んで自生する山菜達に養ってもらうことです。
先日、JA農協の専務を長年務めてこられたTさんと雑談をしていたら野菜のなかで日照りや寒波にも耐え、栽培できる丈夫な野菜は何かという話になった。Tさん曰く「ネギとサツマイモだ」と自信たっぷり。私の経験からも確かにネギは、土の上に投げ捨てても根が自然と伸び広がり土のなかに潜り込んでいき、自力でスーと立っているネギをよく見かける。また越冬用として貯蔵し、春を迎えると段ボールの中で密やかに初々しい緑の葉を伸ばしてたのに驚いたことがあるのでうなずける。
1週間前にサツマイモの苗を畝に30本植えた。すでに葉柄の脇から白い根が数ミリ顔を出しており、船型に移植した後、30分もすると地面にペッタンとしおれている。大丈夫かなと思いきや翌日にはしっかり頭をあげていた。冬に焼き芋を作るので毎年サツマイモを栽培しているから、そのバイタリティと生命力にいつも驚嘆している。肥沃な土地でなく痩せた土地を好み、戦中戦後の食糧難には、小学校の校庭にまでもサツマイモを作り食糧難を乗り切ったと父から聞かされてきた。
9月下旬頃にサツマイモの収穫期を迎え、芋を掘ると根が数百本細かく四方に深く広く張り巡らし、やせた土地のわずかな栄養分をも逃がさないで吸収していることがわかる。このように土の中だけでもたくましいのに、地表の生態もスゴイ! 葉柄はツルを中心に144℃の角度で螺旋状に付いているから、葉の1枚1枚が平均して太陽の光をキャッチすることができる。刈り取ったツルの繁殖力や残さの量に驚く。まさしくサツマイモもタフネスな野菜に加わえることに同感である。

透明マルチから顔を出しているサツマイモの苗
世に樹医という職種があることを知ったのはいつの頃だろうか。10年ほど前、故山野忠彦さんが枯れつつある老木を診察、治療しながら命を吹き込み蘇らせるテレビ番組を見たときに、樹医の職業に尊敬と憧れを抱いたのを覚えている。
5年前に1本の南光梅の苗木を植えた。梅の木は成長が早いので枝の剪定をこまめにやらなければならない。もうすぐ実がなるかも知れないと期待していたとき、06豪雪に遭い、降雪と屋根の落雪で瀕死の状態になった。私は、二股に幹をわけるように樹勢を剪定していたのが災いとなり、雪の重荷で見事に股からまっ二つに幹が裂けてしまい、幹は根元から倒れ枝もほとんどが折れた。ブルーベリー、梨、柿さくらんぼなどの果樹も被害に遭っていた。梅の木はもう蘇らないと諦めていたとき、樹医師の山野忠彦さんのことが浮んだ。投げ出すよりまず手当てから始めようと、二つに裂けた幹を引合わせ荒縄をぐるぐる巻き付けた。そして傾いた幹は、根元に土を寄せ添え木をニ本交わせ、折れた枝はきれいに剪定してやった。あれから3年目の春を迎えた梅の木は、1個の実を結んでくれた。梅にとって、もちろん私にも宝のような実であり、試練の乗り越えたいのちの輝きの結実だと思っている。

再びよみがえった南光梅 樹勢を二股にしたかったが右の幹は残念ながら枯れてしまった。しかし、その脇から小枝が伸びている
左横の太い木は添え木として立ってい
左隅は鶏舎 否鶏小屋かな
数年前から野菜栽培と昆虫や野鳥などの生物が無理なく共生できる自然環境が保たれないものかと考えてきた。格差と弊害が広がるなかで、地域資源の活用、有機農業、里山の再生、自然エネルギーの利用、地域住民の活性化、………暮らしを見直しいつくしむ視点から、ほんとうの豊かさを目指したいと思った。オーストラリアのビル・モリソンとが構築した人間にとっての恒久的持続可能な環境を作り出すためのデザイン体系を5年前に知り、その関係の本を読んだりしながら学んできた。パーマネント(永久な)とアグリカルチャ−(農業)あるいはカルチャー(文化)を組み合わせた造語だ。パーマカルチャーは、伝統的な農業の知恵を学び、現代の科学的・技術的な知識をも組み合わせて、通常の自然よりも高い生産性を持った『耕された生態系』を作り出すとともに、人間の精神や、社会構造をも包括した『永続する文化』をかたちづくる手法である。
道行く人々は、私の畑をみて「まるで公園のようだ」、[実験農場」、「メンドウミのいい菜園」という。確かに畑には、山から間伐した杉、猛宗竹の杭が随所に立ち長芋、きゅうり、インゲンなどのツル野菜が立体的に栽培されていた。その周りは日陰を利用して生姜が植えられ、平飼いのニワトリが餌をついばんでいる。ストーブの薪を積みあげ、隣には、石窯作りのパン焼きがあり、ブルーベリーの花蜜を求めミツバチが飛び交う養蜂、雑穀栽培………。なんとも楽しくなるような桃源郷ではないか! 平和の象徴、鳩と温めるの造語から「はとぽっと(鳩POT)」を5年前に立ち上げた。試行錯誤しながらも創りあげている途上のデザイン性と審美性を合わせ持った環境づくりを少し紹介したい。
第1回は、緑のカーテン。ツル科の植物を誘引し、壁面や窓を緑化する。

西日が当たる壁面と窓辺にアケビのつるをはわせている
その他夏ツタ、スイカズラ、ヘデラ科、朝顔、瓢箪、ゴーヤも壁を被覆させている
2008年6月21(土)・22日(日)に
北里大学/北里大学保健衛生専門学院/北里大学看護専門学校
合同の入学相談会が学校法人 北里研究所新潟キャンパス
北里大学保健衛生専門学院で開催されます。
●時間は10:00〜15:30で時間内は入場自由です。
くわしくは025-779-4511
または

ゴール3キロ地点の表示が目に入ると、40キロの距離を走ってきた肉体は、股と踵に痛みが走り意識は自己目標時間へ向かう以外思考能力はなっかた。しかし、トンネル手前からサックスフォーンの音楽が聴こえてきた。300メートル先のトンネル出口には、一人のサックスフォーン奏者のシルエットが確認できた。トンネル内は、浜風の潮の匂いも初夏の日射しも遮り、ひんやりとした薄暗い空気が灼た体を包み、響き渡る音楽によってゴールへと背中を押してくれた。わずか3分の間に「潮風マラソン」に挑戦した意義や、トレーニング中のことを省みるのに十分だった。

朝5時過ぎに大会会場に到着

ゴール! 後方に見える山は米山
昨年に続き2回目の参加。最後のランナーがゴールするまで応援を続けてくれ、スッタフの対応が素晴らしい。またコース地点の地元の応援もユニークでランナーにとって走力をよみがえらせてくれるすばらしい大会だと思っている。
4月6日にマリーナ開きの日にボートのテストをかねて海に出てから、今日まで待ちに待っていた釣りがやっとできます。うれしくて例によってほとんど眠れないまま出発。予報では午後から風が強くなってくるみたい。午前中が勝負。友人二人で5時15分出航。30分ほどでポイント到着。根魚ねらいで11時まで。釣果はあまり芳しくはありませんが、魚の引き込みをこの手に感じることができて超うれしい。帰港後ほかの船の状況を聞いたところ、麦イカ少々、イナダ少々、などあまりパッとしませんね。私たちもソイ、カサゴ、ハチメなど少々でした。帰ってからは子どもが魚をさばいてくれました。たのもしいかな?またしばらく行けませんが、イカ釣りには絶対?行くんだと決めています。
昨日、長岡市立栃尾体育館で「第41回謙信公祭剣道大会」が行われ、息子を含め同じ時期に入門した同級生4人が公式戦デビューをしました。保育園の頃から練習や大会を見学し(というか遊びに行ってた?)胴着だけは早くから着せてもらいつつも本格的に練習を始めたのは小学校に入学した去年あたりから。週2回の練習もなんとな〜くって感じでやってたのですがとりあえず公式戦初参加が決まり、まぁそれなりに頑張ってたんじゃないかと思われます。

会場の栃尾体育館はわりと大きく(ここらあたりでは堀之内のアリーナが一番かなと思われますが、それより少し大きいくらいかなぁ)来年の国体での剣道会場になっているというところです。
県内全域いろんなところからの参加団体約90、参加人数約1,?00人(大会事務局発表あったけどよく覚えていない…)、地元の小さな大会しか参加したことのない私らにとっては圧倒される規模でした。さすが謙信公!
ただ、開会式の来賓挨拶でえんえんと謙信公やら天地人の話をされたのにはまいりましたが…(ーー;(ステージ両端に立っていたトッキッキーも少々お疲れ気味(?)な様子でした。)

団体戦第1試合に出た息子たち、引き分けと1本で初戦はなんとか勝ち上がりはしたものの2回戦はあっさり敗退。
まぁそんなとこだろうと思いますが、指導者たち(夫含め)は「久しぶりの初戦突破だぁ〜〜」とだいぶ盛り上がって喜んでましたねぇ(どんだけ弱いんだぁー)
ちなみに2回戦の相手は去年の準優勝、おととしとその前年度は二連覇したという、とんでもなくおそれおおい方々。胸を貸していただきありがとうございました〜〜〜m(_ _)m
しかしやっぱり、強い人達の試合を見ているとおもしろいです。昨日の大会は中学生までだったのですが、それでもあの迫力には圧倒されます。
で、カッコイイです。武士道とかそんなもんがなんとなく漂ってきて、フル装備で立っているのを見ると「面の下が見てみたい!」と思ってしまいます。まぁたいがい試合終わった後のだらけた姿を見ると「・・・」なんですが(このへんはいわゆる“スキー場の2割増し”と同じですな(´_`)
いまだにオリンピックの種目にもなっていないマイナーな感がある剣道ですが、最近は外人さんにも武道がブームになっているというし、機会があったら一度見てもらいたいな〜と思います。
ちなみに来月15日には小出郷体育館で魚沼市の大会が、29日には堀之内で中越地区スポ少の大会があります。思いっきりヒマを持て余していたらぜひ足を運んでみてください。

おちゃらけ“佐藤”軍団(“みんな身内”というわけではけっしてありません)
かろうじて一人だけ違う名字だけど、防具・面つけるとあとは誰が誰やらさっぱり…